6月9日 日曜日
朝、薄曇り、11度。
二人のお茶会、例の如し。羊羹を食す。
独活の酢味噌和え、初夏の香りよし。
曇のち雨。日中、15度。
午後、イッちゃんアモ子と三人で雨中散歩。沢蓋木満開なり。
イッちゃん出立。別れの悲しさ、去りし後の部屋の静けさには慣れぬものなり。
作曲続き。
夜、雨あがる。11度。
剰語
暇を埋めるために人はオツトメをするなり。オツトメとは、畑仕事から会社勤めから作曲から、朝夕の読経から、様々なり。
暇を埋めて孤独を忘れるためなり。
朝、薄曇り、11度。
二人のお茶会、例の如し。羊羹を食す。
独活の酢味噌和え、初夏の香りよし。
曇のち雨。日中、15度。
午後、イッちゃんアモ子と三人で雨中散歩。沢蓋木満開なり。
イッちゃん出立。別れの悲しさ、去りし後の部屋の静けさには慣れぬものなり。
作曲続き。
夜、雨あがる。11度。
剰語
暇を埋めるために人はオツトメをするなり。オツトメとは、畑仕事から会社勤めから作曲から、朝夕の読経から、様々なり。
暇を埋めて孤独を忘れるためなり。
朝、半陰半晴、10度。雲散りつつあり。
新しい歌を作る。また歌から作って、あとからアレンジをする手順なり。
イッちゃん帰宅。二人で街へ買物。
日中、山は薄晴れ、18度。
夜13度。
朝、薄曇り、11度。
鹿の背中あらかた鹿の子模様となりたり。
久しぶりにビートからでなく歌から作る。この手順だとどうしても説教臭い歌詞となり、またメロディーもやや不細工となりぬ。
されど不細工なところに価値有りと信ずるなり。
「不協和音の朝に」と題する。
日中、薄晴れ、18度。庭木の手入れ。
夜13度、星なし。枕上「罪と罰」
剰語
適度な不協和と不細工さを持ちつつも説得力ある完成品として仕上げるところに人間の芸術の価値あり。
セザンヌ以降その理解あれど、今、さらに高まりつつあると思わるる。
AIが生成した絵の人に指が六本あればすぐに気づき、違和感を覚え、間違いと感ずる。されど、六本指の人間は完成品なり。
記憶になけれど仮にセザンヌやゴッホ、ピカソの描いた人の指が六本あればそれは間違いであろうが不快感はなく愛嬌となるなり。セザンヌの有名な作品で明らかに腕の長い少年あるが不快感はなし。むしろはじめは気づかぬほどなり。
サージェントの描いた人に指が六本あれば、それは本当に六本だったのだろうと思うだけなり。
しかるに、何故、AIの描いた六本指にはすぐに気づき、間違いと感ずるのであろうか。けだし、バランスの問題と思わるる。部分的には細かくそれらしく描けていても全体的に見て絵画として成立しているか否かという問題なり。
朝、晴れ、7度。
爽やかで心地よき朝なり。
近頃作曲ソフトの動作遅き故パソコン内の整理をする。
日中、晴れ。空は夏模様なれど気温は15度なり。
夜、10度。星少し。この季節、日中晴れても、夜星無きこと多し。
枕上、『罪と罰』少しずつ読み進む。